10月末Elon Mask(イーロン・マスク)氏率いるSpaceXが、“Better than Nothing Beta”と称し、一般向けにStarlink衛星インターネットのベータサービス開始を発表しました。
10月24日にSpaceXのFalcon 9ロケットにて新たにStarlink衛星60基の打上げに成功し、既に合計800基以上のStarlink衛星が地球の低軌道上を周回しており、それら衛星を使ってインターネットサービスを提供します。
SpaceXのStarlink
Starlinkとは、2015年にSpaceXのCEO Elon Musk氏が提唱した、衛星コンステレーションを使った衛星インターネットサービスです。
ブロードバンドサービスへのアクセスがないアメリカのリモートエリア、そして、発展途上国含めブロードバンドアクセスがない世界の人々へ、高速インターネットサービスを提供することを掲げています。
2018年に2基の試験衛星を打上げた後、これまでに地球の高度550kmの低軌道上に800基以上(実際の打上げ数は895基で、その内2~3%程度は故障している模様)の小型衛星が投入され、高度1,150kmと高度340kmの軌道への衛星含めて、2020年代中頃までに総数約12,000基まで増やす計画です。
衛星が800基に達したことで一定の性能が保証できるようになり、今回アメリカとカナダで衛星インターネットのベータサービスを開始しました。
また、SpaceXは既に承認されている12,000基の衛星では足りないようで、新たに30,000基を加えた合計42,000基の打上げを連邦通信委員会(Federal Communications Commission: FCC)に申請しており、SpaceXの最終的な狙いは都市部も含めて、各国の既存のDSL、ケーブル、そしてファイバーによるインターネットサービスのシェアを奪い取り、世界中で高速且つ安価なインターネットサービスの提供をすることに思えます。
Starlink衛星ですが、一度により多くの衛星を打上げられるように、通常の箱型ではなくフラットタイプ(推定3.05m x 1.525m x 12.81cm)の衛星バスとなっております。
実際、左の写真のように独自のFalcon 9ロケットのフェアリング部に小型衛星を隙間なく搭載し、1回の打上げで60基のStarlink衛星の打上げが可能です。
今後SpaceXは一月に2回の打上げ、つまり月に120基ずつのStarlink衛星を打上げる予定です。
4枚のフェーズドアレイアンテナが各衛星バスに取り付けられ、軌道制御用のイオンエンジンとソーラーパネルも含めて、1基あたりの衛星重量は約260kgとなります。
また、衛星と地上間だけではなく、衛星間のレーザーコミュニケーション機能も有し、SpaceXは既に衛星間のコミュニケーション試験も成功させております。
日本のH2Aロケットの打上げが平均年間3〜4回程度だから、Starlinkの打上げだけでも月に2回とは、もう桁外れだよね・・・
Starlinkの競合
Starlinkには大きく分けると3つの競合グループがあります。
既存衛星インターネットサービスプロバイダー (ISP)
衛星インターネットサービス自体はStarlinkが初めてではなく、
既にViasatとHughesNetの2社が、主にインターネットアクセスがないアメリカのリモートエリアを中心にサービスを提供しています。
Viasatのプランは月額$50(ダウンロード速度 up to 12Mbps)~$150(ダウンロード速度 up to 100Mbps)、HughesNetのプランは月額$59.99~$150、ダウンロード速度は25Mbpsでデータ容量によって価格が変わってきます。
ISP | ダウンロード速度 | レイテンシ | データ制限(月) | 月額 |
---|---|---|---|---|
Starlink | 50Mbps~150Mbps | 20ms~40ms | 無制限 | $99 |
Viasat | 12Mbps~100Mbps | 594ms~624ms | 12GB~150GB | $50~$150 |
HughesNet | 25Mbps | 594ms~624ms | 10GB~50GB | $59.99~$150 |
Starlinkのインターネットサービスはベータサービスなので断定はできませんが、Starlinkのサービスが他より勝っているのは明白で、
実際、PCMagの独自の試験結果によると、Starlinkのダウロード速度はViasatとHughesNetの3倍以上との結果がでており、アップロード速度も両社の3倍以上の速度となっております。
加えて、コロナ渦インターネットを使用したビデオ会議やビデオゲームを行う機会も増え、低レイテンシであることがが益々重要になっていますが、Starlinkはレイテンシ(通信時間の遅延速度)の試験でも、ViasatとHughesNetのレイテンシより15倍速いとの結果です。
もちろん、試験のロケーションや時間により結果は変わってきますが、Starlinkのインターネット速度が競合の2社を圧倒しているのは間違いなく、今後衛星数が急速に増えることを考慮に入れると、通信速度とレイテンシがさらに向上するでしょうし、Starlinkはアメリカのリモート地域を中心とした、ViasatとHughesNetの衛星インターネットサービスの顧客をあっという間に奪ってしまであろうと予想します。
新衛星インターネットサービスプロバイダー (ISP)
現在はまだ小さな衛星インターネットサービス市場ですが、
Morgan Stanleyによると、衛星インターネットサービス市場は2040年には$413 billion(約43兆円)になると予想されています。
その市場を狙って、SpaceXを筆頭に既に数社が新規参入を試みております。
イギリスのOneWebは、Starlinkと同じように低軌道に衛星コンステレーションを構成し、衛星インターネットサービスの提供をSpaceXより前から計画しておりました。
日本のソフトバンクをはじめ、AirbusやQualcommなども出資をし、2019年~2020年に計648個の衛星を打上げ、2021年から衛星インターネットサービス開始と具体的な計画を掲げ、一時はSpaceXのStarlinkより先行しており、実際既に小型衛星74基を打上げ、計画した44箇所の内の約半数の地上局は既に建設されており、一部は稼働もしています。
しかしながら、ソフトバンクからの継続支援を受けられず資金が底をつき、2020年の3月OneWebはChapter 11(連邦破産法第11条)を申請しました。
7月にイギリス政府とインドの携帯電話会社bhartiが$500 million(約520億円)ずつを出資することで救済され、衛星コンステレーションの計画を継続することになりましたが、大規模なレイオフなども行われましたので計画の遅延は必至です。
一方で、Chapter 11中にもFCCにStarlinkと同じ42,000基の衛星の打上げ申請をして、来る将来のStarlink他との競争に備えており、イギリス政府をバックにしたOneWebがどこまで巻き返しを図れるか、業界でもOneWebの動向が注目されています。
2019年Amazonも「Project Kuiper」と称したインターネット衛星のコンステレーション計画を発表し、今年の7月にFCCより3,236基の衛星によるインターネットサービスの承認を取得しました。
AmazonはKuiperに$10 billion(約1兆円)以上を投資する予定で、少なくとも2026年までに3,236基の内の半数を打上げる予定です。Kuiperはインターネットサービスだけではなく、携帯電話会社の基地局のバックホールとして衛星通信を提供し、LTEや5Gサービスエリアの拡大を支援するとしています。
カナダの通信会社Telesat(テレサット)も2022年に78基、2023年に220基の衛星をAmazon傘下のBlue Originが開発中の新型ロケット「New Glenn」にて打上げの予定です。
既に900基近くの衛星を打上げ、衛星インターネットのベータサービスも開始したStarlinkが大きく先行しているのは明らかですが、一般向けのインターネットサービスはもちろん、飛行機向け、船舶向け、携帯電話会社などの企業向け、民間企業、そしてミリタリーを中心とした政府向けと、市場は非常に大きく数社での共存は可能かと思います。
Jeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏の潤沢な資金をバックに、New Glennロケットと衛星を開発を進めているAmazonがStarlinkの最大のライバルになってくることが予想され、恐らく将来的には独自のロケットも持つこの2社が市場を占有すると推察します。
従来(DSL、ケーブル、ファイバー)のインターネットプロバイダー (ISP)
もちろん住宅が密集している都市部も将来的にはSarlinkのターゲットになることが予想され、現在都市部にDSL、ケーブル、ファイバー(光回線)にてインターネットサービスを提供している米国のインターネットプロバイダー、例えば、AT&T、Comcast、Verizon、そして世界のそれぞれの国での既存インターネットプロバイダーも競合になります。
DSL、ケーブル、ファイバーのランドラインのメインテナンス費用がかかるように、衛星にも運用コストに加えてランニングコストがかかります。衛星には寿命があるため(5年~10年)、仮に計画した12,000基あるいは42,000基の打上げを完了しても、常に代替用の新しい衛星を打上げ続ける必要があるため、衛星運用コストに加えて、衛星の製造コストと打上げ費用という大きなランニングコストが伴います。
大量生産による衛星自体の費用の引き下げと、ロケットブースターやフェアリングの再利用、一度にさらに多くの衛星(現在60基)の打上げ、あるいは他の衛星打上げに相乗りするなどで、現在$62 million(約65億円)、ブースターを再利用した場合は$50 million(約52億円)といわれている、Falcon 9の打上げ費用のさらなる低減が求められます。
これから益々ビデオ会議、動画視聴、ビデオゲームなどの利用が増えるため、ファイバーの安定性や速度へ直ぐに対抗するのは難しいので、
ファイバーへのアクセスがある都市部ではビジネスを中心にファイバーが牙城を守り、
Starlinkはインターネットアクセス環境がない、あるいはあっても接続環境が悪いリモートエリアから市場を確立し、コストが下がり速度が高速安定するにつれ、現在DSLやケーブルでのインターネット接続エリアを徐々に侵食していくことになると予想しています。
Starlinkインターネットサービス
繰り返しになりますが、SpaceXは10月26日(月)に一般ユーザー向けにベータサービス”Better Than Nothing Beta”の開始を発表しました。
月額$99に加えて、最初にアンテナ、ルーター、ケーブルなどを含んだ以下のStarlink Kitを$499で購入する必要があります。
フェーズドアレイアンテナを採用しているので、衛星放送のようにアンテナを静止衛星に向ける必要もなく、設定自体は各個人で簡単に(?)できるそうです。
ベータサービスの申込みはStarlinkのウェブページがらできるとのことで、どんなものかとわたしも試しに住所をインプットしてみましたが、以下のメール返信があっただけで、その後何も連絡がありませんでした。
「体よく断られたのであろう・・・」と思ったのですが、実は現在ベータサービスの対象となっているのは、アメリカとカナダの北緯44度から52度のエリアのみとのことで、わたしの住むカリフォルニア州は対象となっていませんでした。
実際の地域で示すと、対象はアイダホ州、ミシガン州、ミネソタ州、モンタナ州、ノースダコタ州、オレゴン州、ワシントン州、ウィスコンシン州の以下の黄色で囲まれたエリアで、西海岸だとポートランドやシアトルも対象となっているようです。
Starlinkの衛星インターネットサービスを契約するべきか?
Highspeedinternet.comによると、通常のウェブブラウジングには5Mbps、Zoomなどのビデオ会議には10Mbps、オンラインゲームには25Mbps、YouTubeも含めた4Kビデオ視聴には30Mbps程度のインターネット速度が推奨されています。
ですので、
- 現在のインターネットプロバイダーの通信速度が30Mbps程度以上あり、そのサービスに月額$99以下を支払っている人
- メールやウェブブラウジング程度の利用しかせず、インターネット速度よりコストが一番大事な方
- インターネット速度と安定性が一番重要で、現在ファイバー(光通信)を使用している人
などは、基本Starlinkに切り替えるメリットはありません。
反対に、Starlinkを検討するべき人は、
- リモートエリアに住んでいてインターネットアクセスがない
- ViasatあるいはHughesNetと契約しているが、サービスに満足していない
- 速度: もっと速いインターネットアクセスが欲しい
- レイテンシ: もっと速い応答速度が必要
- 容量制限: データ制限無制限を希望
- 安定性: もっと安定したインターネットアクセスが欲しい
- 既存(DSL/ケーブル)のプロバイダーのサービスに満足していない
- 新しい技術や製品の最先端にいたい
- Elon Mask氏あるいはSpaceXの信望者である
今のDSLのスピードの少し不満もあるけど、Starlink Kitの$499も安くはないし、しばらくはDSLでいいかな・・・
Starlinkのチャレンジと未来は?
FCCの調査によると、FCCが定義するブロードバンド(ダウンロード25Mbps以上、アップロード3Mbps以上)へのアクセスがない人口はアメリカだけで約1,800万人とされておりますが、実際にはその数よりもっと多く4,200万人と言われております。
この4,200万人がStarlinkの最初のターゲットになるかと思います。このターゲット以外にも、VesatやHughesNetの既存顧客や、現在のランドラインのインターネットサービスに満足していない顧客もターゲットとなり、話題性も手伝ってStarlinkの立ち上がりは割と順調であろうと予想しています。
しかし、現在アメリカ人家庭がインターネットに支払っている費用は$65/月ですので、Starlinkの$99/月は高額となります。それ故、他にも選択肢があるユーザーに食い込むには、月額$99/月はもちろん、$499のStarlink Kitの価格低減は必須となります。
Starlink Kitは現在台湾のメーカーが製造しているようですが、数量が増えれば自ずとコストも下がりますし、月額に関しても飛行機向け、船舶向け、携帯電話会社などの企業向け、民間企業、政府機関向けのビジネス客を取り込むことで、個人向けのサービスコストも下がると期待しています。
順次サービスエリアは拡大するでしょうし、わたくし自身は現在ケーブル会社の$55/月+up to 75Mbpsのインターネットプランに加入していますが、価格が将来$70程度まで下がることがあれば、物珍しさもありStarlinkへの変更を検討しようと考えています。
一方で、現在宇宙業界では、Starlinkのコンステレーションをはじめ、小型衛星のメガコンステレーションが、「スペースデブリ問題をさらに深刻にする」と懸念の声が上がっております。
World Economic Forumによると、現在約6,000基の衛星が地球の軌道上を周回しており、その内の約2,700基程度が現在運用されています。
当然のことですが、スペースデブリの問題は衛星の数が増えれば増える程大きくなり、今後Starlinkが12,000基まで衛星を増やし、それにOneWeb、Amazon、Telesatのインターネット衛星も加わると、今後2020年半ばまでにそれら4社の衛星だけで15,000基以上となります。
Starlinkの衛星は衝突防止機能や軌道修正用のイオンエンジンも搭載されておりますが、現在までに900基近くを打上げた内2~3%程度が何かしらの故障をしているそうで、衝突防止機能やイオンエンジンが故障しているようでしたら、軌道修正もできずに他衛星やデブリとの衝突のリスクも高まります。
常に問題となっておりながら決定的な解決策がないスペースデブリ問題ですが、Starlink衛星12,000基の打上げ中に再度大きな問題として上がってくる可能性もあります。
アメリカから世界へ
近年「Digital Divide」、インターネットやPCを利用できるか否かで情報格差が生じ、それが各国内の地域間、そして国家間(先進国と発展途上国)の格差を広げていることが、益々大きな問題となっております。
先進国では誰もが利用しているインターネットですが、Digital 2020によると世界人口約77億人の内40%近くの人が今でもインターネットへのアクセスがありません。
発展途上国ではインターネットのインフラを整備するだけの資金がなく、格差は広がる一方です。Starlinkはアメリカのリモートエリアにブロードバンドアクセスを提供することはもちろんですが、インフラ整備が簡単には敵わない発展途上国の人々に、Starlink KitとPC、いやスマホさえあればインターネットを利用できる機会を与えられ、Digital Divideのギャップを埋めるのに大きな役割を果たすと期待しています。
既存のインターネットプロバイダーとの競争、そしてAmazonやOneWebとの近い将来の競争を通じて、より高い性能、より良いサービス、そしてより安いサービスを提供してくれることは間違いありません。
最後になりますが、Elon Musk氏は、近い将来StarlinkのビジネスをSpaceXから切り離し上場させる考えもあるようですが、IPO時にはStarlinkのStockを必ず購入しようと考えています。1~2年後位かと予測していますが、皆さんも頭の片隅に・・・
Go Starlink! 👍